水のこころ

【水のこころ】
暑い毎日が続き、水が恋しい季節ですね、
詩人・高田敏子さんの『水のこころ』という詩をご存じでしょうか?
小学校5年生の国語の教科書に掲載されています。

水のこころ
高田敏子

水は つかめません
水は すくうのです
指をぴったりつけて
そおっと 大切に──

水は つかめません
水は つつむのです
二つの手の中に
そおっと 大切に──

水のこころ も
人のこころ も

「水」も「こころ」も掴むのではなく、そっと大切にすくい、つつむものと詠っています。優しさと愛おしさ、そして大切な方への思いを一滴もこぼさないように手の中にしまっておきたい気持ちが感じられます。
私たち「はすの会」のスタッフも、旅立たれた方を思うこころを大切に寄りそっていきたいと思います。(M)

あじさいの花があちこちに見受けられる季節になりました

【あじさいの花があちこちに見受けられる季節になりました】

梅雨のじめじめ、むしむしでなんとなく心と身体も重い・・・。
どんな雨の日でも、もちろん晴れた日でも第一日曜日、いつでも私たちはあなたをお待ちしております。

次回、7月は七夕の日ですね。早いもので今年も半年を過ぎようとしていることに今気づきました。夏ももう目の前・・。ぼちぼち冷たいお飲物も用意をしようと思っています・・・。(W)

それでも私たちは、立ち上がる力を秘めています

【それでも私たちは、立ち上がる力を秘めています】

遺族会でよく「神も仏もあるものか」という、大いなるものへの怒りや疑問が出されることがあります。参加者の多くの人が、その言葉に共感する場面も少なくありません。

また「この悲しみは、体験した人でないと分からないと思います」、「いちばん分かってほしい家族が分かってくれないのです」、「この悲しみを言い表す言葉はないと思います」等と、これまでの孤独にについて話される遺族もおられます。

「こんな悲しみを抱えながら、皆さんはどのようい生きておられるのか知りたいと思って参加しました」と、朝になって目が覚めて今日もあの人のいない一日が始まる苦しさを話されることもあります。また、「いま私は人生のどん底、地獄、生き地獄のようなところに身を置いているように感じています」と言われることもあります。

このような遺族の方々は、どのように変わっていかれるのでしょうか。「遺族会」での分かち合いで、同じような悲しみを体験している方々に会うことができます。そこで「このように悲しみ、苦しんでいる人が私以外にも居るのだ」ということが分かります。

同じ喪失体験をしている人達同士だから、あなたの気持ちを受け止めてくれる場となるでしょう。自分の本音が出せる、自分が一番言いたかった気持ちが出せる場となるでしょう。

私たち遺族会の世話人は、何年も遺族会に参加する方々を支えながら、会を離れて「卒業」していく方々を見てきました。その方々を振り返ってみると、亡き人の悲しみを抱えながらも新しい人生を歩み始めています。

愛する人の想い出を消してしまうのではなく、乗り越えるのでもなく、死別の悲しみを抱えながら生きなおしているように見えます。どんな状況にあっても立ち上がっていく、そんな素晴らしい秘めた力を私たちは持っているようです。

遺族会に参加するまでは、勇気がいります。どうか勇気をもって、一歩を踏み出してください。あなたが本来持っている「秘めた力を持ったあなた」に出会えることでしょう。(F)

別れと出会い

【別れと出会い】

春は外に出て活動するのに気持ちの良い季節です。
また、卒業式、入学式、の季節でもあります。
別れと出会い。世の中はマイナスとプラス、正反対の事柄で成り立っているようです。 悲しみがあれば喜びもあります。
マイナスと思えることが起こるかもしれない。しかしマイナスな結果になったとしても それに見合うプラスは必ず起こる。それがその人の人生の幅であり、深さだと私は思います。(N)

【桜】

※この記事は2013執筆です。

今年は桜の開花が早いようです。もうすぐ東北地方からも桜の便りが届くことでしょう。東日本大震災から2年たちました。

津波の記憶を後世に伝える「桜並木プロジェクト」などが起こり、桜に託す思いが伝わってきます。

津波で娘さんを亡くされたお父さんが、ご遺体の発見された川の土手に桜の苗木を植えられているという記事が3月25日の読売新聞に掲載されていました。

娘さんが見つかったのは津波から1か月後の4月で、ちょうど桜の季節でした。娘さんには当時生後10か月の女の子がいました。

このお父さんは、遺された孫娘さんが桜を見て、お母さん(亡くなられた娘さん)のことを心にとめ慰められるようにとの思いから植樹をされているそうです。

わが家の庭にも「雨情枝垂れ」という桜の木が植わっています。桜の季節に逝ってしまった娘を思って植えました。「雨情枝垂れ」は詩人の野口雨情の屋敷の庭に植えられていた桜で、雨情を記念して名づけられました。

雨情も幼い娘を亡くしています。娘を亡くした親としての思いを、雨情が眺めた桜に重ねて植えました。遅咲きの桜で今はまだ蕾ですが、淡いピンク色の八重の花を咲かせます。(M)

遺族会 はすの会

【遺族会はすの会】

※この記事は2013年執筆です。

梅の花が開き、メジロが蜜を吸いに飛んできました。
いち早く春の訪れを喜んでいるのでしょう。
はすの会は2012年3月に設立され、この3月で一年が立ちました。

お会いした方々との出会いを大切に、これからも開催していきたいと思います。
このたび、「遺族会 はすの会」はホームページを立ち上げました。これは平成24年度「東大阪市地域支え合い体制づくりモデル事業」の公募採択を受け、助成金を活用して作成しました。お問い合わせなど、どうぞお気軽にアクセスください。

【ゆめむし】

【ゆめむし】
春の日差しを感じる頃になりますと、どこからともなく蝶が舞い始めます。
蝶は「夢虫」とも呼ばれます。荘子の説話の『胡蝶の夢』に由来しているそうです。
夢の中で自分が蝶であったのか、自分は蝶で人間の夢をみたのか・・・
蝶は夢と現の間を行き来します。

アメリカの精神科医で『死ぬ瞬間』の著書で有名なエリザベス・キューブラ・ロス博士は、蝶 を「いのちと死」を結ぶイメージとして表現しています。

死とは、からだに閉じ込められた「たましい」が自由になれることだと言います。それは、さ なぎが殻を破り蝶になり自由に飛びまわる姿のイメージでした。

春の光の中を舞う夢虫は、愛しい人がたずねて来てくれた姿なのではないでしょうか。

*ロス博士の『ダギーへの手紙』を本のコーナーで紹介しています。(M)

【詩】「あなたからのおくりもの」―分かち合いに参加された方々の言葉から―

【詩】
「あなたからのおくりもの」―分かち合いに参加された方々の言葉から―
作者 山下 文夫
いのちあるものには終わりがある
人のいのちも終わりがある
そんなことは分かっていました
・・・・・・・・
でも どうしてあなたが

あなたは 私たちの宝ものでした
・・・・・・・・
ぜったいに うそ
まちがいに決まっている
夢にも思わなかったのに

なぜ・・・・ どうして・・・・
だれか 教えてください
あの子が わたしたちが
何か悪いことをしましたか
あんなにいい子だったのに
あんなに小さかったのに
まだ ちょつとしか生きていないのに
もっともっとしたいことがあったのに
代われるものなら 代わってあげたかった

朝になったらいつものように人が歩いている
車が走っている
電車が動いている
テレビで人が笑っている
まるで 何ごともなかったように

家にいても
道を歩いても
あなたとの思いでばかり
あなたの声が
あなたの足音が
聞こえるよ

あなたに会いたい
今すぐ会いたい
ぎゆーーっと抱きしめたい
あなたのにおいが
あなたのぬくもりが
あなたの柔らかさが
今も 忘れられないよ
もう一度会いたい
たまらなく 会いたい

あなたがいて
私たちがいた
そんな何でもないふつうの毎日がどれだけ幸せな日々であったのか
皆がそろっているだけで
それが どれだけすばらしいことか
今になって 分かりました

春は桜散る通学路
大きなランドセルがゆれている

プールではしゃぐ子どもたちの声
へいのすきまから あなたをさがす

音楽に合わせて行進する子どもたち
こんなにいっぱい子どもがいるのに
あなたはいない
「サンタさんへ 妹を返してください
おねがいします
ほかのおくりものはいりません」と
お兄ちゃんが手紙を書いた
クリスマス

これから何度 このきせつを
くりかえすのでしょう

ことしは はたちになりますね
「いってきまーす」の声をのこして
あのわかれた日から
あなたと私たちの時間は止まっています

家族の話はさけたい
同情してほしくない
幸せそうな人がねたましい
そう思ってしまう自分がいる
でも そう思って苦しんでいるのは
私だけじゃなかった

きのう 夢で会えました
うれしかったよ
あの時のままのえがおで
「もう泣かないで 元気出して」って
はげましてくれたね
一番苦しかったのはあなただったのに
・・・・ ごめんね

あなたに会えてよかった
みじかい間だったけど
たくさんのことを教えてくれました
生きているだけですばらしいこと
生かされているいのちにかんしゃすること
生かされている今を
しっかり生きること

私たちのところに生まれてくれて
ありがとう
あなたの分もしっかり生きていくからね
これからも ずーーっと親子だよ
ずーーっとね
またいつの日か 会えるよね

「親の悲嘆に、一時的に忘れられる子たち」について

【「親の悲嘆に、一時的に忘れられる子たち」について】

私たちの遺族会には、子どもを亡くした母親も参加します。多くのお母さんは、「私の分身がもぎ取られました、生身をえぐられたような痛みです、もう生きていたくありません」と嘆かれます。

分かち合いの会に参加することで、その悲しみが「私一人ではなかった」という出会いがあります。「うちの主人は、子どもを亡くしたのに悲しくないのでしょうか?私の悲しみを少しも分かってくれません」と怒りと不満を吐き出されることが少なくありません。

このような会をお世話して私たちが学んだことは、「ご主人も悲しんでいる」ということです。陰で泣いているのです。これまでの日本の習慣で、悲しみを表に出さないように躾られてきたのが影響していると思います。

家族のみんなが、それぞれ悲しんでいるのです。悲しみ方は個人個人ちがうということを理解しておくことは大事なことだと思います。

それから、もう一つ気を付けておいてほしいことがあります。それは、子どもを亡くしたという衝撃と悲しみのあまり、「残された兄弟姉妹が一時的に親から忘れられた存在になることがある」のです。

兄弟姉妹も悲しんでいるのです。その悲しみを出せる場がないことがあります。「私が死んだ方がよかったのではないか?」とまで悩んでいる子どもが居ることを忘れないでほしいのです。

皆さんは、最初は自分の悲しみでいっぱいでしょう。その抱えきれないような自分の悲しみを「分かち合いの会」で吐き出しながら、まずあなたの悲しみに向かい合って下さい。

「はすの会」は、そのような方々との出会いを通し、お互いが支え合えるような会をめざして、皆さんの参加をお待ちしています。(F)